2008年01月30日

『小堀遠州 綺麗さびの極み』 

小堀宗実他『小堀遠州 綺麗さびの極み』新潮社、2006年。

小堀宗実:1956年遠州茶道宗家に生まれる。遠州茶道宗家、十三世家元不傳庵(ふでんあん)。
主な著書に『茶の湯の不思議』(NHK出版)、『遠州の美と心 綺麗さびの茶』(小学館)など。


こんな本を読みました。




利休・織部から遠州にいたる茶道の流れを紹介し、遠州の「綺麗さび」について、また彼の庭園造りなど、多岐にわたる「美の創造」について書かれている本です。
たまに情景の小堀宗実さんの対談やコラムなどもあって、素敵な読み物です。

心に残ったフレーズをページ順にメモしておきます。


+++++++++++++

・幕府はカブキたる美と精神を嫌った。世の宝を損なうような秩序に反する織部の茶も忌避される運命にあった。織部が切腹を命ぜられたことは、文化史的には中央集権的な近世部文化形成に反抗するものの悲劇とみることができる。(25ページ)

・演習の茶杓をみると、きれいに左右の均衡がとれているものが多い。平衡感覚にすぐれ、かぶいていない。織部の大ぶりで豪快なデフォルメを好むカブキの美にかわり、洗練された華奢の美を楽しむ遠州の時代が到来した。(26ページ)

・遠州の点前の美しさが近世独特の「ダテ」という当時流行の言葉で表現されたところに、「わび」とも「カブキ」とも異なる、遠州の茶の湯があった。(28ページ)

・遠州はひとつの茶会に、桃山文化の利休に代表されるわび茶の流れと、東山文化の書院の茶の流れ、さらに古典的な王朝文化の流れを総合的に展開し、そのために茶室は、より大きな開かれた空間を必要とした。茶の湯の総合化ともいえる新しい茶を、遠州ははじめたのではないかと思える。(29ページ)

・その大量の茶道具に遠州は銘をつけた。その際、遠州は古典的な和歌のなかから言葉を選び、その出展となる和歌を箱裏に書きつけることがしばしばあった。これを歌銘と呼ぶ。歌銘は遠州以前になかったわけではないが、これほど多く使った例はない。遠州が王朝の和歌の世界を愛し、古典復興の一翼をになったあらわれが歌銘であったともいえよう。
ところが遠州は歌銘で、密かにわび茶のタブーを破っていた。茶の湯では和歌を書いた掛物も用いられるが、原則としては恋の歌を掛けない。生ま生ましい恋の“好き”は禁じられていた。しかし遠州は歌銘をつけるのに恋の歌をたくさん使っている。歌銘を通して遠州は、わび茶の理念にこだわらず、もっと日本人の情念の世界へ茶の湯の美を深めていったともいえよう。(31ページ)

・小堀:そうですね、明るさというのは非常に大事な要素です。現代は電気がありますから、当時と同じように明るさを捉えるのは難しいのですが。南禅寺の八窓席にしましても、演習は窓の数を大幅に増やして明るさを取り入れています。しかも明暗をドラマチックに使い分けている。簾をかけて薄暗闇のなかでお茶をいただき、終わると簾をぱっと巻くんです。そうすると、お茶室がぱーっと明るくなる。入ってくるのは、本当に柔らかい光なんですけれども、その明るさで、緊張した心が解けるんですね。そうすると会話ができるのです。道具を楽しむためにも、やはり明るさは非常に重要だったのではないでしょうか。(52ページ)

・小堀:演習は、ものごとを「総合する」ことに非常に長けた人だったと思います。(54ページ)

・「綺麗さび」には「つや」があります。「つや」とはすなわち、平和を謳歌しようとする時代に求められていた、王朝文化の古典主義的な美や均整のとれた明るく優美な装飾性、繊細で洗練された美意識……とでもいえば良いでしょうか。
具体的な例としましては、遠州が茶の湯の世界に「文学性」つまり和歌を導入したことが挙げられます。(小堀宗実氏筆の文章から:88ページ)

++++++++++





平和な時代にふさわしい、美しく、心ひろびろと楽しめる雰囲気のの茶の湯かと思いました。小堀遠州、気になる人です。



posted by はな at 19:14| Comment(5) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はなさん、こんばんは。
別の本ですが、以前遠州流茶道の本を読んだことがあって、その思想に感銘し、茶道はできたら遠州流に入門したいなあと思っています。
つまらないことですが、最後にお茶を「ずっ」と音をたてて飲むのが主流のなか、遠州流では音をたてなくてもよい、とされているというのもかなり個人的にはヒットだったので(^^)
「綺麗さび」の世界が一番しっくりきます。
Posted by しのぶん at 2008年01月31日 00:20
こんにちは!
以前住んでいた所に両親が来たとき、
遠州の立派な庭園のある名所に連れて行ったらとても喜んでいました。
私が子供が当時まだ赤ちゃんで寝ていたので、車でお留守番をしたのですが、
育児に追われている間に引っ越してしまい、結局行きそびれてちょっと後悔しています。
お茶は母は遠州流なんですけど、私は違う流派です。
実家にいたころ、練習がてら母にたまにお茶を立てていたのですが、
やはり作法が微妙に違っていたみたいです。
その本、面白そうですね。お茶も久々に飲みたいです。
Posted by ハリー☆ at 2008年01月31日 12:45
♪しのぶんさん♪
私なんてミーハーなもので、もうこの本を読んだだけで「お茶を習うなら遠州!」って息巻いてます^^;
なんだか気持ちのもちよう的に、明るくて楽しい感じがするんですよね。そう言ってしまうとちょっと軽々しい感じがするのですが…。
でも、この惹かれる気持ち、直感に間違いはないと信じて…!


♪ハリー☆さん♪
素敵〜!母娘二代でお茶をされているのですね!
お母様も遠州流をされているのでしたら、遠州の美の創造の思考を目の当たりに出来るお庭はとても喜ばれたのではないかと思います。私も見てみたいです!
お子様も大きくなった今ですし、今度は三代で遠州めぐりをなさってはいかがですか♪
いいなあ…私もお茶のお稽古してみたいです…!
Posted by はな at 2008年01月31日 14:42
こんにちは

出産で遠ざかって、病気で復帰の機会を逃しているのですが、私は江戸千家という流派のお看板を持っています。
私の先生が”綺麗さび”がお好きなのと、お家元が、遠州流の次期家元とお親しいのとで、遠州流には勝手に親近感を持っています。
熊倉功夫先生は、茶道研究の第一人者で、何度か講演を聴きに言ったことがありますが、とてもお話が巧みなハンサムな先生ですよ。

これを読ませていただいて、お茶のお稽古再開した〜い!と、思いました。
素敵な本を紹介してくださってありがとうございます。
今読んでいる本を読み終わったら、この本、探してみますね。
Posted by 曜子 at 2008年01月31日 18:27
♪曜子さん♪
曜子さん、こんにちは。
お越しくださって嬉しいです!ありがとうございます。

曜子さん、素晴らしい腕前でいらっしゃるのですね!素敵です〜!
それぞれ属している流派というものがあっても、人的交流があったり、お茶をされる方それぞれがそれぞれの素敵なところを吸収しあったりして高めあっていらっしゃるのですね。
私は茶道関係の本を読んだのはこれが初めてなので、熊倉先生のお名前もはじめて知りました。ハンサム、というところにひかれます(笑)

お体の具合がよくなって、またお茶を楽しまれる日がくるといいですね♪
Posted by はな at 2008年01月31日 21:41
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。