2007年10月24日

京都と近代日本画 ―文展・帝展・新文展一〇〇年の流れのなかで―

京都市美術館にて「京都と近代日本画 ―文展・帝展・新文展一〇〇年の流れのなかで―」という展示を見てまいりました!これ、楽しみにしてたんだよね〜。
会期:10月6日〜12月9日



「京都画壇カク鬨ヲ挙ゲリ」なんていう、気合に満ちたかっこいいキャッチフレーズもついています。国立新美術館で開催されていた「日展100年」とはまた違った魅力満載でした。いいねえ、いいねえ。

展示はセクション分け的にも「新文展」までの作品だったから(そうよね?私一人だけ迷子になって、戦後の日展のセクションを見忘れたとか、そんな悲しいことないよね??)「一〇〇年」というにはちょっと足りないかなあとも思ったのですが、でも、私、あまり最近のものというより、このくらい時代が離れたもののほうが好きだから、このくらいの年代のもので〆てくれてよかったと思う。

前述したキャッチフレーズにも表れているとおり、官展の流れの中における京都画壇の持つ意義を力強く訴える解説が添えられてあってなかなか読みごたえがあったんだけど、あんまり難しいことは頭に入らなくって(←悲しいな、この脳細胞のミジンコ具合が…)ひたすら絵を愛でておりました。

竹内栖鳳《池塘浪静》に目をひかれました。ここに来る前に京都国立近代美術館で見た《秋興》の優しい優しい鴨の様子とはまた違って、さばさばっとさわやかなキレのある感じが魅力的でした。水辺の植物を描く線の切れのよさや魚の勢いのある感じなど。

同じく栖鳳のまたずいぶん違う感じの絵があって《絵になる最初》というもの。これ、すごく綺麗だね〜!忘れられないな。メインビジュアルの1つとして使われているものなのだけど、広告を見たときからこの絵に会うのを楽しみにしてました。脱いだ着物で体を隠してる女の人。「絵になる最初」という題名もそうだし、どういうストーリーなのかということも気になって、とても謎めいていながら、抗いがたい魅力を放っている絵でした。

木島桜谷《寒月》などもよかったです。冬の夜の黒い色が目にずしんと響くのです。

上村松園、やっぱり大好き、上村松園の作品もありました。《待月》という絵の女性は顔が見えないのに背中だけで美人。部屋の中から空を見上げてとても素敵。

中村大三郎《ピアノ》は以前にも見たことのある作品に再会。ちょっと嬉しい。真っ赤な着物を着たお嬢さんがピアノを弾いているところの絵で、とても華やかでハイカラな感じがします。

板倉星光《春雨》では春のしっとりとした空気感がよく伝わってきます。「春雨」という題名だけど、雨は直接表現されているのかな?それはちょっとよくわからなかったんだけど、きっと霧雨みたいな軽い柔らかい感じの雨が降っているんだろうなって思いました。

菊池契月《散策》も好き。5月ごろっていう感じかな。いいとこのお嬢さん、ワンちゃんも毛並みがいい感じ。

西村卓三《得度》は少年が剃髪し得度するところの絵。少年のちょっと悲しいような不安なような切ない表情をしてるのに対して、その子の祖母なのか、老婆が嬉しそうに見ているの。きっとこの子はまっすぐ育ってくれるって信じているんだろうな。でも、そんな簡単なものじゃないと思うよ、おばあちゃん。知らない私がいうのもなんだけど。

三木翠山《維新の花》。この前後のストーリーが知りたい。何かに驚いているのか、きれいな女性、画面の外にあるものを見て、持っているものが手から滑り落ちている、ちょっとドラマチックな一瞬。

気に入った絵をこうやって振り返ると、どうも、私は「素敵なお嬢さん」「美しい女性」の絵にひかれることが多いらしい。女性の美しさを100%にも120%にも引き出して表現できるのが日本画だと思う。そんなこと言ったら他の表現方法の絵画がお好きな人に「日本画だけじゃないよ〜」と言われてしまいそうですが、でも、私は日本画に肩入れしてしまうのです。

美術館外観。



お庭もちょっぴりアート。




posted by はな at 19:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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