2007年10月16日

焦らずに、でも一歩一歩

下の記事、メロ日記でもぼやいたのですが、最近全然短歌が作れなくって。目がふしあなになっているというか、体が開けていないというか。スイッチがはいらないというか。

題詠の締め切りがせまってるんだけど、なんか、ゴール間近で脱水症状起こしてるランナーみたいになってる。なんとかひねってみようと思うんだけど、全然だめ。


「短歌」の9月号を読んでいて、こんな作品が。一連の歌から一部抜粋です。王藤内雅子さんという方の歌。



楽しんでもらひたいから苦しんでもらひまっせえ 初日の宣言

添削はしません 自分で工夫する習慣を先づ付けてください

「初歩なので」「稚拙ですけど」ああウルサイ 謙遜辞令は無用無用

「才能が有る」は有りい「才能が無い」は無いのじゃ 続けるのみじゃ



こんな感じで短歌の指導をされている様子を詠った歌が並んでいます。
なんだか、その軽妙洒脱で、さばさばっとした感じがすごくよくって、「私もがたがた言わないで、続けてみよう」と思わされたわけです。

ださい歌も自己責任。今の自分の持てるセンスで磨きぬいてみて、まあ作ってみようよ、という感じで。


まずは題詠を完走しよう。あきらめないで。がたがた言わないで、作ってみよう。

posted by はな at 22:06| Comment(3) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。
3つ目の歌がすごく好きです。
謙遜辞令というか、自分に対して言い訳というか、ついしてしまうけど、
本っっ当必要ないですよね。
好きで始めたはずのことがときに重くなってしまうことってあると思うけど、
それでもやっぱり楽しむことが一番大切だなって感じました。
私の場合短歌ではないのですが、ちょっと今行き詰っていて、
でもとりあえず挑戦してみようという気持ちになれました。
ありがとうございます!!
はなさんの題詠も応援してます♪

Posted by とるた at 2007年10月17日 13:04
まだ子供の頃、目上の人への手紙の末尾に『乱筆乱文お許しください』と書いたら、母に「それは、綺麗な文字を書けて、美しい言葉を使える人が書くもんだ」と言われたことを思い出しました。
謙遜って、時に嫌味に聞こえたりすることがあるんですよね。
「そんな言葉は無用。一生懸命考えたんだから堂々としていなさいよ」って感じの言葉が、私の背中もおしてくれている気がします。
「私なんか・・・」ではなく、「私だって!」「私は私よ!」と胸を張っていたいです(*^^*)
Posted by うさこ at 2007年10月17日 21:20
♪とるたさん♪
とるたさん、こんばんは♪
とるたさん、3つめの歌がお好きなのですね^^
私も好きです!
言い訳無用!て感じがいいなーって思います。
言い訳とか謙遜の言葉を口から出すと、なんかその言葉が自分を守っちゃうような働きをするような気がするんです。
いさぎよくないですよね。

>好きで始めたはずのことがときに重くなってしまうことってあると思うけど

うーん!今、まさにこれ!私の短歌がこれなんです。でも、上達したら私の人生の素敵な宝物になる予感がするから、がんばってみたいと思います。
お互い、ほんとに楽しいことには苦しいこともついてくるかもって思いながら、ちょいとがんばってみましょう〜♪


♪うさこさん♪
すごい…!かなり感動しちゃいました。
うさこさんのお母様の

>それは、綺麗な文字を書けて、美しい言葉を使
>える人が書くもんだ

これ、かなり深いです。美しい女性でいらっしゃるんだろうなって勝手に想像しちゃいました!
謙遜の気持ちも0%じゃこれまた成長がないだろうけど、でも、匙加減が大事ですよね。
自分に自信を持って、自分に責任を持って、堂々としていられたらいいと思います!
Posted by はな at 2007年10月17日 22:13
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