2007年10月04日

『永遠のマリア・カラス』

2002年の作品。

敏腕音楽プロデューサーのラリーは友人でありビジネスの対象でもあるマリア・カラスにある企画を持ちかけた。年老いて人生に打ちひしがれ往年の声も失ったカラスに持ちかけられた企画とは、彼女がオペラを演じる映像に全盛期の歌声の録音をかぶせた作品を生み出す、というものだった…。

テレビ欄で発見して、見てみたんです。マリア・カラスの名前にだけ惹かれて。手放しでほめるわけじゃないけど、良品だったと思います。合格点かな。

前述している設定、老いたカラスの口パクフィルムを撮影してそれに全盛期の録音をかぶせるなんて、めちゃくちゃ趣味悪い企画でしょ!いくらフィクションでも最悪だな〜とか思い、途中で見るのやめようかなとか思いながら見ていたんですよ。でもまあ、一生懸命見ていたら、だんだん、情が湧いてきたというか。まず、失いかけていた「アートを創り出す激情」というものを再び爆発させていくカラスの様子、なかなか好演でした。カラスってこんなふうに花火のように音楽にとりくんでいたんじゃないかなって空想させる力がありました。音楽に取り組むというか、音楽を生きる、というか。

そういう激情が皆をひきつけてやまないスター性を生むのか。最初のほうのシーンだけど、家に閉じこもって生ける屍のような生活をしていたカラスがラリーの企画を受け入れて外に出たとき、群衆の中で見せたあのスターらしい凛としていて華々しい輝き、それにもちょっときゅんときた。

あとは、共演した若い男性への感情の波もなかなか魅せましたね〜!カルメンとしての真っ赤な恋の炎が、いつの間にかカラス自身にシンクロしてくる。彼女にあるのは「激しすぎるほどのきらびやかさ」そして「過去」「老い」、彼にあるのは「凡庸かもしれないがおだやかな人生」と「未来」「若さ」。一瞬何かの感情が彼女の中で燃え盛ったけれど、彼を手に入れることは出来ない、自分が彼とは相容れない存在であるということに思い至ったときの言葉にならない嗚咽。人生の残酷さ。

老いてなお「若く、力強く、華やかであった」時代を取り戻すべく必至にあがく様子に時々苦しい思いを感じさせられましたが、映画的にはおだやかな落としどころにおとしてくれて、まあ、よかったんじゃないかと。フィクションとしてまるくおさまったかな、て感じ。

でも、本当のカラスは晩年、何を思ったんだろうね。それは誰にもわからないけど。そして、私は晩年に何を思うんだろうね。


posted by はな at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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