2007年07月05日

学校が好きだった

そうなの、私は学校が好きだったの。
勉強も好きだった。
でもそれは片思いで、残念ながら、「勉強が好き≠勉強が出来る」なのであって。
私は絵に描いたような劣等生。
いつも、ひいひい言いながら、みんなの最後尾になんとかくっついて走っていたって感じです。
本を読むスピードも遅いし、考えをロジカルに展開させる器量もないし。
でももし、私が勉強が出来る人だったら、どんな人生だったろう、なんて、ふと、ifに思いを馳せたりもするわけです。

なんでこんなことを言い出したかというと。

今日からの外出がなければ行きたいなと思っていたプログラムがあったんです。

ガヤトリ・スピヴァクがライブで見られる!!
カン様が出没するイベントで追っかけをやるのと同じ感覚で、あこがれの学者をライブで見たいという感覚があるんです。文字だけの存在だった学者さんが、生身の人間の姿をもって自分の前で話をしてくれるって、結構新鮮な感動がある体験です。

これ↓

http://www.i-house.or.jp/jp/ProgramActivities/ushiba/index.htm

7月7日一橋大学にて!
ご興味がおありの方どうぞ。
一橋ですよ〜。かのケンブリッジと並んで誉れも高いワンブリッジ・ユニヴァーシティー!(超うそ)まあ、名門大学の学生さんになった気分が味わえます。ただし、参加人数とかプログラム進行方法とかしらないので、行ってみたら、数人の参加者とスピヴァクのガチンコのディスカッション形式で、まじで針のむしろ、とかいうことになっても、私、一切責任は取れません。にょほほ〜!

この人は…思い出すのもつらく、でもほほえましい、あの恐怖の文学の授業でのことでございやした。
先生はにこりともしない人だし、周りはみんな勉強ができるし、で、まじ心臓に悪いクラスだったわ。米粒みたいに縮まって勉強してた。
淡々とでも怒涛のように繰り出される「これも読んでおいてください」の文献の津波の1つがスピヴァクの『サバルタンは語ることができるか』だったんだよね。サバルタンとは全然毛色が違うけど、私も当時、ある集団・社会に対して、なんとか自分の言説を構築しようとしていた時代だったから、集団の構成員が語るということ・集団の非構成員が語るということはどういうことかってことについて、自分の気付いていなかった視座とか発見できたらいいな〜とか思い、これは読みたいな、と思いながらいたんですよ。

思いながら。


思ってるだけ。


結局、手が回らなくて読めなかったよ(涙)


まあ、そんな甘酸っぱい、ほろ苦い思い出のある学者さんなんです。


もうこの人と私の人生の航路が交わることはないんだろうな、と思うとちょっと寂しいです。でも、そんな一期一会のチャンスなんて今まで無数に浮かんでは消え、浮かんでは消え、だったんだろうね。

posted by はな at 09:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。