2007年10月04日

久々メロ日記!俳句だよ☆

久々な気がします、メロ日記!
もうほんと、元気度さがりまくるのどうにかしてくれよ〜。
ブログパーツなんだから、ブログ更新すればぴちぴち元気、ていうふうにしてくれよ!


とまあ、ぼやくのはこのへんにして。

前の記事を書いていろいろブログ画面を開いて確認していたところ、いきなり二人同時に俳句を詠んでくれたのでめっちゃあわててプリントスクリーンしました!


まずはじんじんちゃん。



まあ!
この子は、なんていうか結構クリエイティビティーがある子だと思う。
前にも写真とか化粧とか言ってたからね!そういう美的な方面でセンスがあるんだろうな。

だからこの俳句も「ゴッホとゴーギャンみたいに同じアーティスト仲間と一緒に生活したらいい絵が描けるようになる」っていうことだろうね!

あ、いや…ゴッホとゴーギャンだったらけんかしちゃうか…。じゃあ、トキワ荘みたいな感じかな?

つぎ、ぎゅうちゃん!!



うおおおお!これまた前衛的な!!
文句のようなアナゴ??サザエさんのアナゴ君を思い出すのですが。彼が文句をたれてるような。そんな自画像…なんか想像も及びません。おそるべし、ぎゅうちゃん。

君達のセンスにママはいつも脱帽だよ!!

posted by はな at 22:38| Comment(0) | TrackBack(0) | メロ写真館 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『永遠のマリア・カラス』

2002年の作品。

敏腕音楽プロデューサーのラリーは友人でありビジネスの対象でもあるマリア・カラスにある企画を持ちかけた。年老いて人生に打ちひしがれ往年の声も失ったカラスに持ちかけられた企画とは、彼女がオペラを演じる映像に全盛期の歌声の録音をかぶせた作品を生み出す、というものだった…。

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posted by はな at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

剥き出しのヨーロッパ史十選より引用

ミーハーな私のファンな学者さんの一人である、美術史研究の池上英洋先生が日経新聞で「剥き出しのヨーロッパ史 十選」という連載をされていました。

文化欄の中の小さなコラムなのですが、10回の連載全部が「目から鱗!」な視点と視野を与えてくれるもので、ついつい読みふけってしまいました、職場で。(←職務怠慢)

紹介されていた10枚の絵の中で特に心惹かれた回からの抜粋を掲載します。絵に惹かれたのか、語られる歴史に惹かれたのか。絵っていっても、なんせ新聞なもんで、白黒だったからね。

+++++++


ジャック・ブランシャール《慈愛》オハイオ州、トレド美術館。

「産褥死は西洋で長い間、女性の死因の第二位を占めていた。(中略)富裕層であれば乳母を雇えるが、粉ミルクなども無い時代に、男手ひとつで乳児を育てることは困難を極めた。結果的に、多くの子供たちが命を落としていった。子供を預かる施設の誕生は、新生児にとってひとつの福音となった。施設内でも依然死亡率は高かったが、育児中の近隣女性が乳母として参加した。絵の中で、乳をもらおうとまとわりつく子供たちをよく見てほしい。彼らは異なる髪の色、つまり母体を異にする子供たちなのだろう。」


ジャン・クーザン(父)《エヴァ・プリマ・パンドラ》

「ヨーロッパはキリスト教世界となった後も、ギリシャ・ローマ神話の文化を完全には手放さなかった。一神教と多神教という相反する構造を同時に抱える矛盾を、ヨーロッパは何度も解消しようとした。両者の融合を目指した努力こそが、ルネサンス文化の本質だ。(中略)人類が文明化とひきかえに永遠の生命を失い、そのきかっけとなったのが人類最初の女性である構図は、神話も聖書も同じなのだ。こうした共通性をもって、画家クーザンはエヴァとパンドラを重ね合わせ、頭蓋骨と林檎、壺と蛇を持つ女性像を描いたのだ。」
posted by はな at 21:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

バッハ

これはだいぶ前にバッハの平均律クラヴィーア曲集のCDを借りたとき、同封されている解説の中に書かれていた一節です。

私がバッハの音楽に対して感じていることをすごく上手に美しく言葉にしてくれたという感じがして、何度も読み返してしまいました。

ここに記録しておきます。


++++++

だがバッハにとってそれに劣らず重要だったのは、平均律の全空間を踏破することの持つ、神学的・象徴的意味であったに違いない。バロック時代の人々にとって、宇宙は神の手で数学的な秩序を与えられたものであり、音楽をするということは、神の秩序構成を模倣することに他ならなかった(「もろもろの天は神の栄光を表し、大空は御手の技を示す」―詩篇、「神はよろずのものを量と数と重さとで定めた」―ソロモンの知恵の書、「音楽は魂が知らず知らずのうちに数を数えることである」―ライプニッツ)。そうであれば、ハ長調から始めて長短調を交互しつつロ短調へと達する曲集を完成したとき、バッハはキリスト者としての心の満足を味わったに違いない。宇宙の秩序がいまや余すところなく音楽に移され、作曲を通じて、神の創造の模倣が完成したからである。締めくくりのロ短調フーガで、バッハは主題中にオクターブの12音すべて使い、音楽による宇宙空間の踏破を、最後にもう一度象徴する。《平均律》は、神の秩序の似姿としてのミクロコスモスの提示というドイツ・バロックの音楽理念の、もっとも典型的な具体化のひとつに他ならないのである。

磯山雅
posted by はな at 21:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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